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2003年1月 ・パルプフィクション(1994年/米) 監督:クエンティン・タランティーノ 男優:ジョン・トラボルタ、ブルース・ウィルス サミュエル・L・ジャクソン 女優:ユマ・サーマン ミアとビンセントのツイストがあまりに有名な映画。 踊ってるシーン、カッコイイ!!もちろん音楽も。 3つの犯罪ドラマストーリーが同時進行で立体的に楽しめて おもしろい。チープな会話もなかなか。トラボルタ株が少し 上がった。いやな気持が残らない、珍しい犯罪映画。 それにしても、ハニーバニーのキレ方はイケてます。 ・AI(2001年/米) 監督:スティーブン・スピルバーグ 男優:ハーレイ・ジョエル・オスメント、ジュード・ロウ 女優:フランシス・オコーナー 愛を注がれたら、その愛に”応える責任”があると思う。 それは、受け入れる場合も、受け入れない場合でも。 もちろんそれは、ロボット・人間にかかわらず。 私達はいつか、ロボットを愛する日が来るかもしれん。 映画版、「百万回を生きた猫」。 ・千と千尋の神隠し(2001年/日) 監督:宮崎駿 映画で見た時よりDVDで何回も見たあとの方がおもしろい。 映画ファンの中では子供騙しだと酷評もされてるけど、 どの映画にも言えるけど、その映画に自分がどれくらい 入り込めるかということにその映画の価値がある、って 思う。カオナシは誰の中にもある部分だなぁ・・・ 自分が自分であることの大切さに気づく映画。 生きるチカラは、与えるチカラなのかもしれんね。 しかし、リンは理想の上司や。 和速水琥珀主。 ・アイズワイドシャット(1998年/米) 監督:スタンリー・キューブリック 男優:トム・クルーズ 女優:ニコール・キッドマン スピルバーグの「ディズニーチックなAI」を見たばかりの せいか、キューブリックの撮った「アイズ」を見たかった。 しかし、さんざん精神的に苦悩した主人公が行き着く先は 「FUCK」ですかい。それはトムに言ってるのか、観客に 言ってるのか・・・。 医者の身分証明書をかざせば、どこでも通じると思ってる トムクルーズ演じる医者。でも超特権階級しか行けない、 怪しいお屋敷の仮面パーティでは、”その通行手形”は、 なんの効力もない。そして自分のせいで人が命を奪われても、 オロオロするばかりで何もできない。 で、泣きながら全てを妻に告白し、心配するのは夫婦仲のこと だけ。このぼろぼろな、ダメエリートのぼんぼん役が、また、 トムクルーズに、すごくはまっている。 そんな夫に「私達はサバイヴしたのよ」というキッドマン。 そうかなぁ? トムはお金と身分を利用して、弱者を生け贄にし 自分が傷つくことはなく、ちょっとした冒険を楽しんだだけ。 そして、妻が他の男と・・・という妄想も忘れ、夫婦は元通り。 これをサバイヴとセリフとして言わせるキューブリックは、 アメリカ人を皮肉ってる、っちゅうか嫌ってるのか。 ・ソードフィッシュ(2001年/米) 監督:ドミニク・セナ 男優:ジョン・トラボルタ、ヒュー・ジャックマン 女優:ハル・ベリー リズムに乗ってルービックキューブを完成させるような、 仕事をするセンスのいいハッカーと、カリスマ悪党の物語。 悪党だけど悪党じゃない。その証拠に、最後は悪党が 笑うラストだが、見終わってその結末になぜか満足している。 あんなに容赦なく爆破しまくり、殺しまくったのに(笑) トラボルタは断然悪人が似合います。大太鼓判。 ・トライ(2002年/日) 織田裕二主演。時間とチケット代、返して下さい。 ・バリーリンドン(1975年/日) 監督:スタンリー・キューブリック 男優:ライアン・オニール 全部が絵画。淡々としたクラシックのBGMの中、バリーが どんどん運命に身をゆだね、いや、自らのっていく。 一番最後の言葉、「美しい者も醜い者も今は同じ全てあの世。」は 皮肉やなぁ。それにしてもバリーは、世渡りが上手いんだか、 下手なんだかわからない。 中性ヨーロッパの上流貴族の「白塗り、つけぼくろ」は 江戸時代のお公家さま(白い顔、”まろ眉”)となんだかかぶる。 あの時代の権力をもってる人々のセンスは世界共通なんやろか? そしてライアン・オニールの顔に顔をそむけてしまいたくなるのは ちゃんと理由がある。やだなぁ・・・ ・ロリータ(1962年/米) 監督:スタンリー・キューブリック 男優:ジェームズ・メイソン、ピーター・セラーズ 女優:シェリー・ウィンタース クレア・クルティ役のピーター・セラーズがおもしろい。 脇役なのに主役を食ってる。いやあの個性120%の脇役だから ハンバートの純粋な愛(どんくさい、とも言う)が際だつのかも。 ロリータの語源になったという映画。ただ今は「ロリータ」 「ロリコン」っていう言葉だけがもう独立してる感あり。 年齢差はあるけど、ロリータの事を情けないくらい好きになって しまうおじさんの物語。最初から最後まで一方通行というのが、 また何とも哀れ。そういう意味では、精神的なものすごい純愛。 妄想&嫉妬心も多々描かれてて、愛”対象”ではなく愛は ”内へ内へと向かっていく”ものなのか? 私の産まれ年の映画だが、この”内へ向かう妄想”は、何十年後の ”アイズ・・・”になってもまだ続いてる。 キューブリックの描く女ってどこか冷たく薄情。キューブリック 自身に何かしらコンプレックスがあるのか、それともそれが女の 本質としているのかも。 |